登坂絵莉の引退理由は?第二の人生への決断に至るまで

2016年リオデジャネイロ五輪で、女子レスリング48kg級の金メダルを獲得した登坂絵莉(とうさか・えり)さん。
当時23歳での快挙は、日本中に大きな感動をもたらしました。

その後テレビなどの露出も増え2025年現在までの軌跡を振り返ってみたいと思います。

目次

登坂絵莉の引退理由は?

引退決断の一因としてのケガ

2016年リオ五輪で金メダルを獲得するという輝かしい功績を残しました。

しかしその裏側には、長年にわたる“左足親指(拇指球)”の慢性疾患という影がありました。

大学生になる頃から、左足親指の付け根(拇指球)に痛みを覚え始めたと、登坂さん本人が語っています。
2015年頃には「慢性的に痛くなった」と告白しており、この痛みは手術しても完全には収まらず、

得意のタックル時に踏み込む動作で痛みが再発する状態だったと言います。

この痛みと共に、登坂さんは「自分としての成長は止まっていた」と振り返っています。

リオ五輪後の数年間、自身のパフォーマンスが「蓄えで持っていた」と語るほど、痛みによる制限があったのです。

引退理由として、ケガが明確に公表されてはいないものの上記のような状況が
「もう100%の状態で戦えない」という危機感につながった可能性が高いと考えられます。

家庭環境の変化が引退を後押しした

登坂絵莉さんが引退を決断する大きな要因となったのが

結婚と出産によるライフスタイルの変化です。
2020年に元レスリング選手の井上尚弥さんと結婚し翌2021年8月に第一子を出産。

トップアスリートとしての日常は一変し

「母として、妻としての時間」を大切にしたいという思いが強まったといいます。

レスリング選手としての生活は、厳しい練習、海外遠征、体重管理など、常に自分に厳しさを求められるもの。出産後は、身体の回復だけでなく、育児との両立という新たな課題も重なり、競技復帰には大きな負担が伴いました。

加えて、子どもの成長をそばで見守りたいという気持ちも芽生え

「競技人生の続きよりも、家庭を優先したい」と考えるようになったとされています。

本人もSNSで「またマットに戻ることも考えました」と語っており、悩み抜いた末の決断だったことがうかがえます。

トップアスリートとして輝きを放った登坂さんが、家庭に軸足を置くという選択をしたのは、金メダリストとしてのキャリアを終えるのではなく、新しい人生へのスタートを切るためだと言えるでしょう。

登坂絵莉の今後

登坂絵莉さんとHLBスポーツが築く「第二のステージ」

リオオリンピックで金メダルを獲得し、女子レスリング48kg級で頂点に立った登坂絵莉さん。

競技引退後、そのキャリアを次のフェーズへと移すための拠点として選んだのが、HLBスポーツです。

HLBスポーツは「アスリートの力を最大限に引き出し、新たな活躍の機会をつくりだす」

ことを事業理念に掲げており、引退後のアスリートの支援・マネジメントを手がけています。

登坂絵莉さんのプロフィールページにも

HLBスポーツによるマネジメント・プロデュース対象として紹介されており

引退後の活動においても同社が窓口となることが明記されています。

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